効率化の裏側に潜む「人の性」
私の運営する水道事業所では、現在、大きな変革に取り組んでいます。それは「省人化」です。浄水場のルート点検業務において、これまで2.5人工(にんく)を要していた体制を2.0人工へと最適化する試験運用を始めました。
当然、0.5人分の業務を既存のメンバーで分担することになるため、一人あたりの負荷は増えます。もちろん「安全第一」が大前提ですが、生産性を高め、より持続可能な組織を作るためには避けて通れない道です。
しかし、このプロセスで、ある「人間臭い」問題が浮き彫りになりました。
「楽」を優先する熟年者の姿
今回起きたことを簡潔に言えば、一部のスタッフが業務の「楽な部分」だけを隠し、自分たちの都合の良いように運用を変えてしまったのです。本来、より良い仕組みを作るためには、現場から活発な意見が出るべきです。しかし、彼らは自分が「キツイ」「時間がかかる」と思う作業については声高に変更を要求する一方で、実は簡潔に済ませられる「楽な部分」については、改善のメスが入らないよう黙って既得権益を守ろうとしました。
悲しいのは、これを行ったのが若手ではなく、かつて管理職や所長を経験した「熟年者」だったことです。
長年業界を支えてきたはずの先輩が、先が見えてきたからといって自分の保身や目先の楽に走ってしまう。その姿は、組織を預かる身として非常に複雑な心境にさせられました。人間、一度「楽」を覚えてしまうと、そこから抜け出すのは容易ではありません。しかし、経験豊かなベテランこそ、本来は背中で「仕事の矜持」を見せるべきではないでしょうか。
覚悟を持って変化を促す
私は今回、所長通達として、業務フローを厳格に変更することを明記しました。 慣れ親しんだ「楽」を取り上げられる側からは、当然反発が出るでしょう。しかし、そこは所長として毅然と突っぱねる覚悟です。感情的な摩擦を恐れていては、真の生産性向上も、安全の確保も成し得ないからです。
人は環境に順応する生き物です。新しいルールも、時間が経てばそれが「当たり前」になります。今は少しずつ、現場を新しいスタンダードに慣らしていく時期だと考えています。
家族に誇れる一日を
私には、妻と二人の子供がいます。家へ帰り、家族と一緒に囲む夕食は、私にとってかけがえのない時間です。
「今日はどんな一日だった?」
そう聞かれたとき、子供たちの目を見て「今日は一生懸命、恥じない仕事をしてきたよ」と胸を張って言える自分でありたい。そして、事業所で働く所員全員が、同じように一日の終わりに美味しいご飯を食べ、家族に誇れるような毎日を送ってほしいと願っています。
仕事は単にタスクをこなすことではありません。自分の向き合い方一つで、それは「誇り」にもなれば「妥協」にもなります。私はこれからも、新しい技術やAIにも目を向けながら、常に「最善の仕事」を追求し続けていきたいと思います。

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